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東京高等裁判所 昭和49年(う)599号 判決

主文

一、原判決中、被告人笠原正義、同鈴木実、同中村有希、同中尾哲則に関する部分を破棄する。

二、被告人笠原正義を懲役一〇月に処する。

原審における未決勾留日数中、一七〇日を右の刑に算入する。この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

三、被告人鈴木実を懲役一年六月に処する。

原審における未決勾留日数中、一二〇日を右の刑に算入する。この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

四、被告人中村有希を懲役一年二月に処する。

この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

五、被告人中尾哲則を懲役一〇月に処する。

原審における未決勾留日数中、一一〇日を右の刑に算入する。この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

六、被告人池田三男、同工藤九八郎、同土屋勝行の本件各控訴を棄却する。

理由

〈前略〉

所論は、多岐にわたつているが、要するに、原審の訴訟手続には判決に影響を及ぼすこと明らかな種々の法令(憲法を含む)違反があるので、原判決は破棄を免れない、というのである。

しかしながら、所論に鑑み検討しても、原判決に所論指摘の訴訟手続の法令違反は認められない。

以下、論旨がいずれも理由のないことを順次説明することとする。

(弁護人らの控訴趣意)

一、ないし三〈略〉

四、公判期日外の証人尋問の違法の主張について。

所論は、要するに、

原審は、昭和四八年五月一日、被告人らの弁護人がすでに全員辞任し、被告人らもメーデーのため全員不出頭許可願を事前に提出していたにもかかわらず、当日の公判期日(第一七回)を公判期日外の証人尋問期日に変更し、証人谷山弘行ほか七名の証人調を行なつた。右証人尋問は、弁護人はもちろん被告人らの意見を聴くことなく、異議を述べる機会さえも与えずに実施された点及び弁護人、被告人が在廷しないことを奇貨として公判を回避する目的でなされた点において、刑訴法二八一条に違反する。右証人八名の尋問調書は原判決挙示の証拠の標目に含まれているから、右訴訟手続の違法は判決に影響を及ぼすこと明らかであり、原判決は破棄を免れない。

というのである。

そこで検討するのに、記録によれば、原審は、昭和四八年五月一日、所論のとおり、弁護人はもちろん被告人らの意見も聴くことなく、当日の公判期日(第一七回)を公判期日外の証人尋問期日に変更し、証人谷山弘行ほか七名の証人調を行なつたことが認められるから、原審の右公判期日外の証人尋問の手続は刑訴法二八一条に一見違反しているかの如くである。

しかし、同条は公判期日外の証人尋問を行なうすべての場合に弁護人及び被告人の意見を必ず聴すべきことを定めたものではなく、裁判所は、弁護人がないまま公判審理を進めることができる場合においては、弁護人の意見を聴することなく、被告人の意見を聴くのみで公判期日外の証人尋問を行なうことができ、また右の場合、公判期日に召喚を受けた証人が出頭したのにかかわらず、被告人が正当な理由もなく出頭しないため、開廷することができないときは、被告人の意見を聴かずとも、当日の公判期日を公判期日外の証人尋問期日に変更し、右出頭した証人の尋問を行なうことができるものと解される。

そして、本件は、後に説示するように、原審において、弁護人の辞任後、弁護人のないまま適法に公判審理を進めることができる事件であり、且つ事件記録によれば、前示第一七回公判期日に、召喚を受けた証人谷山弘行ほか七名が出頭したにかかわらず、適法に召喚を受けていた被告人らは、昭和四八年四月二五日、被告工藤九八郎名義で、被告人ら八名は五月一日の公判期日には事情があつて出頭できないから、不出頭許可をお願いする旨の一片の不出頭許可願を出したのみで、右公判期日に全員出頭しなかつたことが窺われるから、弁護人はもちろん被告人らの意見を聴かずとも公判期日外の証人尋問をなし得る場合に当たること明白である。しかも、被告人らが右各証人の取調及び各証人に関する尋問事項を事前に了知していたこと(刑訴規則一〇八条参照)は記録上明らかであり、また記録を精査しても公判を回避する目的で原審が公判期日外の証人尋問を行なつたことを推測させるような証跡も存しない。原審は、刑訴法一五八条に掲げる事項を考慮したうえ、必要ありと認めて前記公判期日外の認人尋問をなしたことが明らかであつて、原審の右手続には、同法二八一条違反の瑕疵はなく論旨は理由がない。

因みに、右各証人の尋問調書は第一八回公判期日(被告人土屋勝行との関係では第一九回公判期日)において、公判廷で取調べられたが、その後被告人らが右取調に異議を述べ、あるいは右証人の再尋問(刑訴法一五九条参照)を請求した証跡は認められない。

五欠席審理の違法の主張について。

所論は、要するに、

原審は、第一三回公判期日以降、前記弁護人の辞任の前後を通じて、弁護人及び被告人らが在廷しないのに公判を開廷し、欠席審理を強行した。

しかし、右欠席審理には、以下の二点において訴訟手続の法令違反が存する。すなわち、

(一) 刑訴法二八五条は、弁護人が選任されている場合に限つて、被告人の不出頭がその権利の保護のため重要ではないと認めるとき適用されるべきものである。しかるに、原審は、被告人らには弁護人がなく且つ公訴事実を全面的に争つているにかかわらず、第一六回公判期日において、公判期日に出頭しなかつた被告人中尾哲則に対し一方的に不出頭許可をなして開廷し、同被告人に関連する敵性証人を取調べ、また第二三回公判期日においても、不出頭であつた被告人全員に対し、不出頭許可をなした。右不出頭許可は、いずれも、刑訴法二八五条に違反すること明らかである。

(二) 刑訴法三四一条は弁護人が在廷していることを当然の前提とし、且つ最終意見陳述についてのみ適用があり、その他の訴訟手続には適用も、準用も許されない。ところが、原審は、第一三回公判期日において、被告人らの退廷後、弁護人らも全員自主退廷したにかかわらず、刑訴法三四一条を適用して審理を続行し、その後の公判期日においても、弁護人がすでに全員辞任して在廷していないにかかわらず、且つ被告人らが退廷して不在のまま、刑訴法三四一条を適用し、審理を強行したものであつて、右手続には瑕疵が存する。

原審の右の二点における訴訟手続の瑕疵は判決に影響を及ぼすことが明らかであり、原判決は破棄を免れない。

というのである。

(一) そこでまず、原審第一三回公判期日における欠席審理の違法の有無について判断するに、記録によれば、(1)当日、裁判長が公判を開廷すると同時に、出頭した被告人ら(土屋勝行を除く七名)のうち、小田和宣以外の六名が一斉に立ち上り、被告人笠原において「裁判長、裁判長、何やつてんだ」などと怒号し、裁判長の発言禁止の命令ののちも、なおも「今までのことは全部撤回しろ」などと怒号し書記官席前に近寄り、他の五名も被告人笠原に呼応し、口々に「何やつてんだ、何をするんだ、なぜ統一公判をしないのか」などと怒号し、法廷内は騒然となつたので、裁判長は、まず被告人笠原の退廷を命じたのち、五名に着席するよう命令したが、状況は変わらず、被告人小田以外の被告人全員の退廷を命じたこと、(2)右命令により被告人六名が退廷させられるや、被告人小田も裁判長の許可を受けることなく勝手に退廷したこと、(3)続いて、被告人らの弁護人のうち、当日出頭した川島仟太郎、渡辺泰彦、高谷進、稲田早苗の四弁護人(いずれも私選弁護人)は、原審の前記弁論の分離に反対の意思を表明し、被告人らの在廷しない法廷で訴訟手続を進めることはできないとして、裁判長が、所定の手続に従つて証拠決定まで訴訟手続を進める旨態度を明らかにし、弁護人らには在廷義務がある旨注意を促したにかかわらず、全員退廷したこと、(4)そこで、裁判長は不出頭の被告人土屋に対し、当日の公判期日への不出頭の許可をなし、さらに刑訴法三四一条により被告人らが在廷しないまま審理する旨を告げたこと、(5)しかして、原審裁判所は、検察官が第一二回公判期日において取調請求をした証人のうち、北原友行ほか一名を証人として取調べる旨決定して当日の公判期日を終了したことが認められる。

右事実に鑑みれば、原審裁判長の被告人小田及び同土屋を除く被告人ら六名に対して発した退廷命令は、いずれも法廷の秩序を維持するたにやむを得ずなされた適法な措置と認められるから、原審裁判所が、刑訴法三四一条に基づき、被告人小田はもちろん、右被告人ら六名が在廷しないまま審理をしたことについて、違法の廉は毫も存しない。また、その権利保護のため重要でないと認めてなした被告人土屋に対する原審裁判所の不出頭許可の措置も、刑訴法二八六条、二八五条二項に則つた適法なものとして十分肯認できるから、原審が同被告人の在廷しないまま審理をしたことについて、何ら違法の点は存しない。この点、所論は、刑訴法三四一条は弁護人が在廷している場合で且つ最終意見陳述についてのみ適用があり、同法二八五条も弁護人が選任されている場合に限つて適用されるべきであると主張するが、右主張はいずれも独自の見解であつて到底採用できない。

さらに、原審が弁護人らの退廷後、弁護人の在廷・立会なしに公判審理を進行したことについて、被告人によつて選任された弁護人が公判の開廷中に退廷した場合、裁判所において、刑訴法三四一条を類推適用するか否かはともかく、右退廷をもつて弁護権ないし立会権の放棄とみなして公判審理を続行することが絶対に許されないものでもない。右の場合、それが法令によつて認められた弁護人の固有の権利を奪い、弁護人をわざわざ選任した被告人の意図に反して弁護人退廷の不利益を被告人に帰せしめる結果となることに鑑み、裁判所としては、弁護人の弁護権ないし立会権のうち手続の進行により奪われることとなる個々の権利の重要性、弁護人の退廷の理由、事件の軽重・難易、事件審理の進行に対する被告人側の態度、事件審理の進行の程度及び公訴事実に対する被告人側の認否、防禦態度等諸般の事情を慎重に考慮し決定すべきであることは、もとより当然である。

本件は必要的弁護事件ではないうえ、前認定の弁護人ら退廷に至る事情のもとでは、当日予定され、被告人及び弁護人らも了知していたと認められる前示の訴訟手続(検察官申請証人の採否の手続)について、その範囲で、弁護人らは弁護権ないし立会権を放棄し、被告人らも弁護人らが立会つて弁護権を行使することによつて受ける利益を放棄したものとみなすのが相当である。したがつて、以上と同旨に出て弁護人らの退廷後、弁護人らが在廷・立会しないまま、公判審理を続けた原審の措置は、適法なものとして、これを是認することができる。

(二) 次に、原審第一四回公判期日以降の欠席審理の違法の有無について検討するに、記録によれば、(1)原審第一三回公判期日後、前示被告人らの弁護人四名は、昭和四七年一二月二二日、原審宛に弁護人辞任届を提出し、被告人鈴木実の弁護人小口恭道は、昭和四八年一月一七日、右同様弁護人辞任届を提出したこと、(2)そのため原審は、同年二月一九日の第一四回公判期日以降第二四回の判決宣告の期日まで、弁護人がないまま公判審理を進めたこと、(3)その際、原審は、被告人全員不出頭のため公判期日外の証人尋問に変更した第一七回公判期日を除いて、裁判長において、出頭した被告人らに対しては退廷命令を発し、不出頭の被告人らに対しては不出頭許可をなし(第一四回は出頭した被告人全員に退廷命令、第一五回は、被告人小田の弁論を分離後、同工藤、同中尾に不出頭許可、その余の被告人全員に退廷命令、第一六回は被告人中尾に不出頭許可、その余の被告人全員に退廷命令、第一八回は、被告人土屋の弁論を分離し、その余の被告人全員に退廷命令、第一九回は、被告人土屋の弁論を併合し、同笠原、同工藤、同中村、同中尾は不出頭許可、その余の被告人全員に退廷命令、第二〇回は被告人土屋、同中村、同中尾に不出頭許可、の余の被告人全員に退廷命令、第二一回は被告人池田、同土屋、同鈴木、同中尾に不出頭許可その余の被告人全員に退廷命令、第二二回は被告人笠原、同土屋に不出頭許可、その余の被告人らのうち同中村を除く全員に退廷命令、第二三回は被告人全員に不出頭許可、のち被告人笠原以外の被告人らが出頭したが、右全員に退廷命令、第二四回は被告人全員に退廷命令)、被告人らがすべて在廷しないまま(もつとも第二二回公判は被告人中村のみ在廷)、退廷命令を発した被告人らとの関係では刑訴法三四一条、不出頭許可をした被告人らとの関係では同法二八六条、二八五条にそれぞれ則り、検察官申請の罪体に関する証人等の取調(第一回ないし一六回公判、第一八ないし二〇回公判、第二二、二三回公判)、公判期日外の証人尋問調書の取調(第一八、一九回公判、第二三回公判手続の更新(第一八回公判、第二〇回公判)などもろもろの公判審理を行なつたことが認められる。

しかし、原審が弁護人のないまま公判審理を進めたことについては、原審弁護人らは、いずれも、特段の理由も示さず辞任したものであつて、その辞任の理由は必ずしも明確ではないが、原審のなした第一〇グループと第一一グープの弁論分離決定は、すでに説示したとおり、何ら違法の廉はなく、その他右弁護人らの辞任につき原審に非違は認められない。のみならず、本件は必要的弁護事件ではないうえ、記録によれば、被告人らは、弁護人らの辞任後、原審裁判所から照会があつたのに、他の弁護人を選任することもなく、また国選弁護人の請求もせず、かえつて裁判所宛に、職権による国選弁護人の選任に反対する旨の申入書を差し出したことが窺われる。これらの諸事情に照らせば、第一四回公判期日以降、弁護人がないまま公判審理を進めた原審の手続には違法の点は認められない。

また、退廷命令を発した被告人らとの関係で、刑訴法三四一条に則り、被告人らが在廷しないまま、原審が公判審理を進めたことについては、原審裁判長の被告人らに対する退廷命令は、右の被告人らが、各公判期日において、裁判長の指示に従わず、法廷の秩序をみだす勝手な言動をし、さらには喧噪を極めたため、いずれも、法廷の秩序を維持するためにやむを得ずとつた措置であることが記録上明らかであるから、刑訴法三四一条に則り、右の被告人らが在廷しないまま公判審理を進めた原審の手続には、前同様、違法の廉は毫も存しない。

さらに、公判期日に不出頭の被告人らとの関係で、刑訴法二八六条、二八五条二項に則り、不出頭許可をなし、被告人らが在廷しないまま、原審が公判審理を進めたことについては、以下の事実、すなわち、(1)原審が不出頭許可をした被告人ら(前示のように、結局、第一四回公判期日以降、被告人全員が一回以上不出頭許可を受けている。)は、公訴事実を争つているものの、その真に争わんとするところは、外形的事実よりもむしろ共謀の事実であり、第一四回公判期日から判決宣告の第二四回公判期日まで(全員不出頭のため公判期日外の証人尋問に変更された第一七回公判期日を除く)、公判期日に折角出頭しても、すでに検察官の立証段階に入り、公判期日の進行とともに右立証が終了し、被告人らの反証の段階を迎えていたにもかかかわらず、終始、弁論の分離等原審裁判所の審理方式を非難、抗議し、裁判長の退廷命令を自ら招く愚を繰り返し、また前認定のように、裁判所の照会にもかかわらず、弁護人の辞任後、被出人らは弁護人を選任せず、裁判所に国選弁護人の選任の請求もせず、かえつて国選弁護人の選任に反対の態度を示すなど真摯な防禦活動を行なわなかつたこと、(2)原審裁判所は、第二〇回公判期日に先立ち、被告人に対して、同公判期日には裁判官が交替したので公判手続を更新する旨の通知を発送し、被告人らは右通知を受領したことが記録上明らかである。したがつて、右事実及び記録から窺える本件各被告事件の性質・内容、被告人らの公訴事実に対する争い方と防禦態度、訴訟手続の進渉段階等に徴すれば、その権利保護のため重要でないと認めてなした被告人らに対する原審裁判所の不出頭許可の措置は、刑訴法二八五条二項に則つた適法なものとして十分肯認できるから、原審が右の被告人らの在廷しないまま公判審理を進めたことについては、第一六回公判期日において、被告人中尾との関係で、犯行状況に関する検察官申請の証人志村武男、同平野勝利を取調べ、第二〇回公判期日において、被告人土屋、同中村、同中尾との関係においても、公判手続を更新したことなどを考慮しても、前同様、何ら違法の点は存しない。

(三) 結局、第一三回公判期日以降、弁護人なしで且つ被告人の在廷がないまま公判審理を進行した原審の手続には所論の訴訟手続が法令違背は認められず、論旨は理由がない。〈以下略〉

(相沢正重 大前邦道 油田弘佑)

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